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令和元年10月1日入社内定式を開催しました

富士商グループホールディングス採用者内定式が行われ、来春入社予定の6名に藤田敏彦社長より祝辞とメッセージが贈られました。

藤田社長メッセージ
こんにちは。内定式にお越しいただきましてありがとうございます。
今日はあまり機会がないので会社の生い立ちについてお話ししたいと思います。

富士商は昭和27年(1952年)に先代である私の父が創業し、今年で67年を迎えております。先代は学校卒業後、日本発送電(現 中国電力)に入社しましたが、戦争が始まり19歳で入隊して中国で終戦を迎え、新小野田発電所に復職しました。当時、組合運動が非常に盛んで、 小野田地区労働組合連合の委員長になりました。その関係で中国電力を退職し、独立したのが昭和27年、先代が27歳の時でした。それから石炭を扱ったり炭鉱にも納めるような商売をしていたそうです。そうこうしているうちに世の中がだんだん石炭から石油に変わってきました。

石油製品の需要の高まりもあり、昭和34年(1959年)当時のシェルと契約を結び石油の取り扱いを始めました。その後、昭和シェル石油の製油所の西部石油が1970年にできました。ガソリンや重油だけでなく、プロパンガスも含めてすべて扱うということで、 エネックスをつくりました。また、輸送ができるよう運送業の富士運輸、石油以外の事業として建築業の富士産業をつくりました。

創業から、ひとつのことだけではなくいろいろなことをやっていこう、という精神が強くあります。

例えば富士運輸の整備工場を独立させて、整備、車両販売、保険を扱う富士自動車が出来上がりました。それから運送業の小野田通運、産業廃棄物処理の都市産業がグルー プに仲間入りしました。
 
我々は非常に生活に密着したところで事業をしています。ただ順風満帆にきたというわけではなく、今はない会社もいくつかあります。

例えば文房具の山口プラスは10年で、小野田ケーブルテレビは計画まで、セントラルヒーティングの広島シェルパックもうまくいかず清算しました。ビジョンアーツインターネットは当時インターネットの接続会社が多くなく参入しましたが、ズッコケました。

さまざまな事業を手掛けてきましたが、成功もあれば失敗から学ぶことも多くもありました。

皆さんもご存じの通り、徐々に携帯電話が世の中に出て約30年、スマホが出たのが10年前位、今では非常に生活に密着しています。過去の大きな流れの中で30年で変わったことが、今から先は10年、5年で大きく変わるかもしれませんし、もっともっと早いスピードで変わっていくでしょう。過去もこのように変わったから、今現在があります。今からも変わらないと意味がありません。そういう意味で皆さんのような若い方が入って、いろいろなアイデアでどのように変えていくのかは、自分たちのことなんですね。その結果を成功しようが失敗しようが、今日出席している皆さんが自分たちのこととして考えて、将来に向かっていろいろな変化をしていってほしいなと思います。

我々は5つの考動指針をもっています。「考えて動く」指針です。

1.「勉強好き」になります
受験の勉強ではなくて、いろいろなものに興味を持つことです。興味を持たないと楽しくありません。

1.「素直」にものごとを受け入れます
人の言うことをただ聞くということではありません。自分が思い違い、勘違いをしていることがたくさんあります。みんなが常識と言っていることが実は常識ではないのではないか?そういう考え方も視野に入れていただきたいと思います。

1.「プラス発想」します
絶好調の時はプラス発想できても、不調のときはできなくなります。不調の時でも与えられたチャンスと思えると、逆境に立ち向かえる体質になれます。

1.「事に当たって集中力」を発揮します
今、やることに集中してください。

1.「一人称」で考え・話し・行動します
自分というものを持ってほしいと思います。人に言われたことをやるのではなく、私はこう考える、こうしたらいいと思いますが、どうでしょうか?と聞いてください。ただどうしたらいいでしょうか?と聞くのは自分がありません。

これらのような体質に変えてほしいと思います。

今から来年の入社式まで、学生から社会人になる最初で最後の貴重な時間です。ぜひ今しかできないこと、興味を持ったことをしてください。今、ラグビーW杯が開催中ですね。ファンがたくさん増えていますが、興味を持って見ているとわからなかったことがわかってきます。ぜひ貴重な残り数カ月を楽しんでください。4月から皆さんと一緒に働けることを楽しみにしています。

このあと、内定者の自己紹介があり、内定証書が授与されました。

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